作品の概要:
橋本富吉(はしもととみきち)原案、岩佐晴菜(いわさはるな)文による小説「中井ビートル」(Amazon Kindle 電子書籍)は2024年5月にパレードブックスから出版されました。
本作品は幼馴染の佐藤と鈴木が中井の街にある「ビートル」という酒処で再会するところから始まります。彼らは久し振りに顔を合わせて酒を酌み交わし、料理に囲まれながら和やかな雰囲気になります。しかし、佐藤は再会を喜びながらも鈴木の隠し事に疑念を抱きます。彼らの間には過去の出来事による不協和音があり、中井の街やビートルが二人の記憶の中に響き渡ることで、幼い頃の絆が試されることになります。
物語の舞台である中井のビートルというお店は実在する「お茶の間キッチンカブトムシ」が舞台になっているのでしょう。
あらすじ:
物語の前半では、佐藤の視点で展開される思い出話がストーリーの中心となります。舞台は店のカウンター席。狭い空間で佐藤と鈴木の会話が織りなすドラマが進んでいきます。二人は小さい頃からの幼馴染で、その長い歴史が彼らの間に特別な絆を育んでいます。物語は回想という形で描かれ、現在と過去のエピソードが交錯しながら進行します。佐藤と鈴木がアルコールと料理を楽しみながら、思い出話に花を咲かせる場面が描かれます。
佐藤は学生時代の思い出や社会人になってからのお互いの出来事を語り合います。小学校時代に低学年の少年を怪我させた事件、中学校時代のいじめとカツアゲ、高校時代の恋愛と失恋、社会人になってからの仕事でのストレスによるうつ病と低血圧の発症、思いを寄せる女性との結婚から離婚など、当時のことを振り返っていきます。暗い出来事もありましたが、仲が良い二人だからこそ、自然体でしんみりと話せたのでしょう。二人の良い雰囲気の情景が浮かび上がります。
また、物語の中で飲食の情景が欠かせない要素として、特に鮮やかに描写されています。アルコールや食事の細かい描写は、読者の食欲をそそります。例えば、唐揚げとレモンサワーの相性の良さが際立ち、食事のシーンではどんなに辛い思い出も、清潔な接客と美味しそうな料理が癒しとなります。特にウイスキーを飲むシーンでは、グラスを手にした時の余裕のある表現も秀逸です。
ところが、二人の談笑はそれほど盛り上がってもいないように感じられるのです。理由は鈴木の視点の物語で明らかになっていきます。この小説全体を動かす一つのポイントである「鈴木の佐藤に対する劣等感」が挙げられます。佐藤の視点で描かれる思い出話の描写では鈴木の劣等感に触れることはありません。佐藤が鈴木の気持ちを語る勇気があれば、物語の結末は違うものになっていたでしょう。
佐藤はアルコールに弱くすぐに酔い潰れてしまいます。もう帰りたい佐藤に対して、もっと飲みたい鈴木がいます。鈴木は酔い止めの薬を佐藤に渡そうとしますが、佐藤はありがたく貰って飲めば良いのに、大丈夫だと主張してなかなか受け取ろうとしません。そこに佐藤の本当の気持ちが隠されていました。真相はやがて明らかになります。
思い出話に登場する佐藤と鈴木以外のキャラクターの存在も、この物語の最大のテーマである「真の友情とは何か?」についての鍵を握っています。青春の物語と思わせるストーリーから真実の暴露を含んだ伏線回収、裏工作、種明かしへと繋がるとても読み応えのある1冊となっています。
感想:
全体的に文章が非常に平易で、読んでいる間に楽しさが増し、スラスラと読み進めることができました。物語の展開や描写が魅力的で、没頭するあまり、時間を忘れて読み続けてしまいました。特に印象的だったのは、物語の世界に深く入り込み、登場人物たちとその場にいたような気持ちになったことです。その結果、朝起きたときに現実の世界なのか、あるいは『中井ビートル』の世界なのか、一瞬判断がつかないほどでした。このような経験をするのは久しぶりで、物語の力強さと筆者の表現力に感心しました。
読み始めと読了後とで、印象がこれほどまで逆転する作品は他にはないと思います。前半では佐藤の視点、後半では鈴木の視点で描かれていますが、同じサブタイトルでも同じ出来事であっても、二人の景色の見え方はまるで異なります。新感覚のストーリー構成です。今まで読んだことがない作風となっています。最初は良くある日常を描いている青春物語かと思い安心しながら読んでいましたが、後半はまるでホラー小説。寒気さえ起こりました。
佐藤には特別な趣味がありました。それは、これまで出会った人々に対し、それぞれに相応しい花の種類と花言葉を連想して当てはめることでした。佐藤の高度な専門知識と感受性が、この趣味を通じて随所に表れています。彼は花の種類やその花言葉を通じて、人々の特性や性格、あるいは出会いの瞬間を独自の視点で表現し、その人物の印象を深めています。読者は彼の知識と感受性に感心し、それがこの作品の価値を高める良いスパイスとなっていることを感じるでしょう。
高校時代に酒とタバコと麻雀に溺れ、社会人になってからは留置所での宿泊を経験するなど、何と波乱万丈な人生でしょうか。その人生の裏には、哀れみから生じる傲慢な感情や、若さゆえの強がりや嫉妬心、劣等感が複雑に絡み合い、人間としてのずる賢さも見え隠れします。欲望や願望にまみれた秘密の関係もまた、彼らの人生を一層複雑にしています。そんな中、水面下でさまざまな真相が進行しており、彼らの人生の一部として描かれています。過去を振り返ると、そんな彼らの物語の中に、自分にも当てはまる点があることに気づくでしょう。彼らの人生の一部は、私たち自身の中にも存在する弱さや葛藤、そして時には希望や夢と重なる部分があります。彼らの経験を通じて、自分自身の過去や感情を再認識することになるでしょう。
年を取るにつれて、かつての友達は就職や結婚などで遠くに散らばっていくものです。そのため、いつまでも楽しく話ができる親友を持つことの大切さを痛感します。しかし、この本を読み進めるうちに、佐藤と鈴木の友情が実は偽りのものであることが明らかになります。彼らの関係は、一見すると親密で強固に見えますが、実際にはさまざまな感情や利害が複雑に絡み合っています。「真の友情とは何か?」という問いが浮かび上がり、読者はその答えを模索することになります。この本は、表面的な友情の裏に隠された真実や、人間関係の複雑さを深く考えさせられる一冊となっています。
まとめ:
是非、本作品を手に取って読んでみてはいかがでしょうか?
物語の中で繰り広げられる佐藤と鈴木の複雑な関係を通じて、さまざまな感情や人間関係の深みを体験することができます。表面的には親密に見える二人の関係の裏に隠された真実や、それぞれの思いが次第に明らかになる過程は、非常に興味深く、心に残るものです。
さらに、一度読み終わった後でもう一度本作を手に取ってみると、初読時には気づかなかった各登場人物の微妙な心情や関係性の変化に気づくことができるでしょう。再読することで、物語の深層にあるテーマやメッセージがより鮮明に浮かび上がり、登場人物たちの行動や選択に対する理解が一層深まります。本作品を通して、人間関係の本質とは何か、そしてそれがいかに影響し合っているかを改めて考えさせられることでしょう。
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